修学旅行から帰ってきました。
うん、まぁ楽しかったです。
ただ班行動はもうこりごり。
修学旅行の日程は、
1日目 新幹線で名古屋から広島へ→平和記念資料館見学→昼食→被爆者の話→平和公園周辺班別研修→平和集会(原爆の子の像前で平和を誓い、歌う)旅館到着
2日目 広島城見学→広島駅から呉へ→昼食→大和ミュージアム見学→呉駅から広島へ→新幹線で大阪(新大阪)へ→バスでホテルへ→ホテル到着
3日目 大阪市内班別研修(4時間くらい)→海遊館に集合→バスで岐阜へ
というようなものでした。
1日目
楽しかったです。
とくに行きの新幹線が。
だいぶ閉じこめられていた席だったんですが、脱出して冒険に出ていたらみんなも席を移動しだしたので、好きなところに移動して遊べました。
基本的に大富豪しながらお菓子食べてしゃべる、というかんじでした。
平和資料館は予想以上にやばくありませんでした。
「ふーん」とみられる感じ。
写真や模型も「キャー」となるほどのものではありませんでした。
文字を読まずに写真だけを見ていくくらいの速さで進んでいたのに、班の方々が「はやくはやく」といって急かし、最終的には外に出たところで待っていらっしゃるので、あまりじっくり見られませんでした。
しっかり見たかったのに、残念です。。
被爆者の講話では、体験した方の話だけにリアリティがあって、資料館の情報に気持ちが入ったように感じました。
資料館だけでは情報が淡々とあるだけであまり「ズシッ」と来ませんが、話も聞くと「ズシッ」と来ます。
話していただいた方は「原爆が落ちても力強く生きていく」タイプの方のようで、「自分たちの成し遂げられなかった平和をどうにかつくってれ」という強い思いが伝わってきました。
平和公園周辺班別研修では、袋町・本川の2つの小学校と、平和公園の中をだいたいまわりましたが、3時間の予定が1時間半も余ってしまいました。
じっくり見ても、なかなか3時間つぶせそうにありません。。。
班別行動だったわけですが、どの班もまわるところはだいたい一緒なのでワイワイ楽しくいけました。
ただ、途中で雨が降ってきたのには困りました。
平和集会では千羽鶴を捧げて、歌を歌って、「平和宣言」というのを読み上げて、ということをしました。
傘をさしていたため、顔を隠して歌を歌ってない人がたくさんいました。
「平和宣言」はある本からの抜粋で、反戦ということに重点を置いた300文字くらいのものです。
これの気に入らないところは、「平和」についてはほとんどふれていないこと、敬体と常体が変なふうに混ざっていること、文のつながりがちょっとおかしいところですが、学級委員が頑張ってつくってくれ物ですし、大事なのは気持ちなので気にしないことにします。(といいながらも書く)
旅館では9人部屋で楽しく過ごせました。
ただ、1人わがままな方がいらっしゃり、エアコン2つを強でつけるんです。
消しても消しても。
1時間くらい大富豪したときは良かったんですが、その後の「学級反省会」とやらで1時間くらい黙ってたら声が出なくなりました。
これに2日目、3日目と悩まされることになります。。。。
エアコンは夜もつけっぱなしになっていて、夜中に2回消しましたが朝もついてました。
自分は服着て、ふとんかぶって、おなかぽよよんで、エアコンの前に陣取るという行為、許せません。
旅館に置いてあった「紅葉まんじゅうもどき」の僕の分がないと騒いでいたら、そやつは、なんと、自分の鞄の中に、3つも、それを、隠していたんです。
そういうことをするやつって、ほんと信じられない。
万引きとかもそういう気持ちでやっちゃうのかな、とか思ったり・・・。
夜中の話題は怪談・都市伝説についてでした。
あっちの話題はほとんどしてませんね。
ある人の声まねを急にした人がいて爆笑してたらちょうど先生が来て、懐中電灯で照らしてきたので、みんな寝たふりをしました。
しかし笑ってしまい、「はよ寝んか」と軽く叩かれました。
先生が行ってから、また声まねで笑ってたらもう一度来て、また懐中電灯。
2,3回繰り返したあと、もう来ないと思って足下のふとんを直していたらまた来て、長座体前屈の姿勢で固まっていたらまた叩かれました。
その後も何回も先生は来ましたが、途中からは寝たふりでなくほんとに寝たようです。
2日目
朝起きると、声はまだ直っていませんでした。。。。
この日はほんとに声が出なくて、あまりしゃべれませんでした。
広島城の見学にはガイドさんがついていました。
戦争中は通信室だったとかいう地下室の中でそのかた、7時何分、7時何分と繰り返していらっしゃいましたが、8時の間違いだと思います。
担任の先生に、「広島城建てたのは誰だと思う?」と聞かれて「毛利輝元」と答えたら「福島正則なんだな〜」とかえってきましたが、ガイドさんの話や石版(?)によるとやっぱり輝元さんのようです。
見学中(前日もでしたが)、同じ班になっている特別学級の子の鞄を持ってあげてたら、褒められました。
ただ単に、「疲れた」といって動いてくれなくなると困るので、持ってただけなんですが。
大和ミュージアムについてすぐに食べた昼食のとき、特別学級の子が僕の食べてた弁当に使った爪楊枝をはき出してきたので、顔に横からツッパリみたいなかんじのことをしたら椅子から落ちてしまいました。
体重の軽さと、安定感の無さが想定外でした。
特別学級だからといって優しくしたりせずよけいに厳しいくらいの僕ですが、さすがにやり過ぎたと感じました。。。
大和ミュージアムは良かったです。
大和大きすぎです。
解説によると、戦艦大和は僕たちの中学の敷地よりちょっと小さいくらいの大きさだとか。
もう、学校が船になったくらいの大きさですよ。
大艦巨砲主義の象徴ですね、ほんと。
いろいろ展示してある物も良く、遊べるコーナーもあり、すごく良いです。
展示をじっくり見てたのは3,4人しかいませんでしたが。
中学生にもなると、大和の格好良さに感動しなくなるのかなぁ、と真剣に思ったりしました。
大和ミュージアムを出たところのショップで、アクリルの中に大和があるやつを買いました。
6年生の修学旅行でもそういうのは買ったので、今回も買えばたくさんそろいそうで買っちゃいました。
外に出ると集合時間5分前を過ぎていて、みんなもう並んでいました。
担任に「1組で1番遅かったのは生徒会長やわ〜」と言われました。
その一言になんかムカッと来ました。。。
時計さえ持ってれば、時計さえいろんなところにあれば、そんなことにならなかったのに。
班に時計は一つだけってのが厳しいですね。
広島から大和ミュージアムに行き、広島に戻るまでで5時間かかってます。。。
移動時間が無駄と言えば無駄です。
すごく無駄です。
大和に魅力を感じない人には、「修学旅行でそんなとこに行く必要あるのか?」というかんじかもしれませんが、僕は大和ミュージアムに行けて良かったです、はい。
広島駅から新大阪駅までの新幹線は「なんとかライナー」という良いやつでしたが、1人分の座席が広い分みんな移動しなかったので、ひじょーに退屈でした。
一応、近くの子とUNOとか大富豪とかはやったんですが、例のエアコンのやつが仕組んだりずるしたり・・・と、やっていていやになったのですぐにやめました。
新大阪からホテルまでのバスでは、僕の声があまりでないこともあり、込み込みで移動できないこともあり、みんな疲れていることもあり、とくに何もしませんでした。
やったことと言えば、ドラゴンズのタオルを窓際に飾ることの手伝い。
大阪の中心で「中日ドラゴンズの旗を掲げる」ですよ。
なんか怖かったので、すぐに撤去しちゃいましたけど。
ホテルはなかなか、でした。
スリッパで廊下を歩いてはいけないと初めて知りました。
ユニットバスに湯を溜めていざ入ろうとしたら、透明な変なものがたくさん浮いてて気持ち悪くなりました・・・・。
すぐに湯を抜いて流しましたが、アレはなんだったんでしょう。。。。
風呂から出て、すぐにそのことをとなりの部屋にいる友人に報告しようと下はジャージ、上はカッターを羽織るという中途半端な姿で部屋を出たら、廊下に先生がたくさんいて、部屋に戻ろうとしてもオートロックでしまっちゃって、鍵は持ってるけど開け方が分からなくて、困ってたら先生たちが後ろから「お、なんか出てきた」「なんて中途半端な格好で・・・」「あれ、部屋に入れないの」と、後ろから煽るので、仕方が無く開いていた部屋に逃げ込みました。。。。
が、先生たちに連れ戻され、部屋に戻されました。
無駄に恥ずかしい体験です。。。。。
気持ち悪い体験でもあります。。。。
この日は、10時頃には寝てしまった気がします。
3日目
この日もまだ声がダメでした。
一応しゃべれるくらいには回復していましたが、ちょっと高い音になると出ませんでした。。。
ホテルでの朝食は「ビュッフェスタイル」とか言うバイキングでした。
が、食べる時間がとても短くて、あまり食べられませんでした。
予定されていた時間だけでも短かったのに、「昨日の夜にホテルの内線電話を、使ってはいけないと言われたのに使ったひとがいます。どう思いますか」という学年集会のようなものをやり、さらに短くしてしまいました。
言葉尻をとらえると、前日に言われたのは「内線電話で話すのはどうなのでしょう。考えてみてください」ということで、言いたいことは「使ってはいけない」なのですが直接そういうことは言ってないんですね。
注意されたと言えばされたけれども、はっきりダメといわれた訳じゃない、と。
朝食を食べたらすぐに班別で大阪市内研修に出かけました。
ホテルから電車で道頓堀に行くまでは良かったんです。
道頓堀で「グリコ」の前で15分以上うろうろしてて、店が開いていないので(計画の段階分かっていましたが、女子が「それでも開いとるとこをまわるんやて」と言うので・・・)仕方が無くTSUTAYAに入って、マンガを見て・・・・。
30分くらいして外に出たら知らないお兄さんに、
「ちょっと、ちょっと、君たち。さっきさ、君たちの学校の子に指を鉄砲みたいにして「バーン」ってやられたんやて。俺もちょっとカチッときたから今言ってるんやけどさ、ほんとそういうのやめた方が良いよ。柄の悪いひとやとやったら殴られるよ。君たちの班とは違うけど、同じ学校やでな。伝えといて。」
といわれました。
とりあえずその場で謝っておきましたが、誰だそんなことをしたやつは。。。。
近くにたむろっていた同じ学校の方々によると、あんがいいろんな人がいろんな人にやっている様子。
修学旅行だからって、はしゃぎすぎです。。。
そのあと、たこ焼きを食べる計画になってたんですが、他の班は6個入りを買って一個ずつ食べたりしてるのに、僕たちの班は6個入りを買って3人で食べてました。(5人班です)
僕はそのときちょっと他の班としゃべっていて、当然分けてもらえると思っていたら、それです。
残された僕ともう1人はなんか急にやる気が抜けました。
2人でたこ焼きを買う気にもなれませんでした。
さらにその後、神座というラーメン屋に開店一番で入ってラーメンを食べました。
そこでラーメンを食べるには入り口の券売機で食券を買うのですが、買うときに班の女子に「食べるの?」と言われました。
ほかに食べる予定は無いわけだし当然みんな食べると思ってたんですが、「食べるの?」の一言。
ここでも急に食欲が失せて、さっきの残されたもう1人と半分こしました。
ラーメンの味は最高でしたよ!!
ラーメン屋を出た後、することがないので目についた「ドン・キホーテ」に入りました。
入ったのが失敗、6階まである店内に一緒に入った他の班の人と散らばってしまい、商品に興味を持たなかった組は1回で待機してました。
散らばった人たちが1階に戻ってきても他の人たちはそろってないので「まだいいや」とまたどっかに行ってしまい、それを3回くらい繰り返して1時間くらいをつぶしました。
待機組の仕事はアレです、新しくドンキに来た人たちに「出られなくなるからやめとけ」と言うことでした。。。
ドンキ地獄をやっと抜け出してそこら辺をうろついていると、高校か大学生くらいの男女数人に声をかけられました。
「ホストにならへん?」と言われた人もいました。
僕は「○○くん頑張ってな」と言われました。
名札をつけていたことがいけなかったようです。
その人たちは他の班の子に、「おっ、○○くん(僕)に似た子やん」とも言ったようなので、名前を覚えてもらったようです。
別に嬉しくないですが。
とりあえず、町中を歩くときは名札は外した方が良いようです。
予定ではこの後パフェを食べることになってました。
しかし班の1人が「パフェめんどいわ。マックで言いやん。さっきあったし。」というのでマックになりました。
僕は反対したんですが、賛成4人におされてマックに行くことに。
マックではみんな「マックフルーリー」を頼んでました。
僕は意地で何も頼まずに、近くの店でたこ焼きせんべいを買ってました。
大阪まで来て、TSUTAYA、ドンキ、マックと、どこに出もありそうなところを巡っている僕たちはどうすれば・・・・。
電車に乗って海遊館へGo。
電車を下りたところで学年主任のむー先生に会いました。
後ろ姿ですぐ分かる先生です。
海遊館に入る直前に、入り口の近くで大道芸をやり始めた外国人の人がいました。
僕はみたいと主張したんですが、班の方々は「あのおっさんおもしろいわー」と言いながらも海遊館の中へ。
入ってからも「あの人が頭から離れん」と言っていました。
見ればいいのに。見たかったのに。
班行動って、ほんといやです。。。
僕の立場が弱すぎるわけではありませんよ。
声が出なかったため、あんまり強く主張する気になれなかったのと班の人と気が合わないのが原因なんです。。。
海遊館は良かったです。
カワウソ水中でなんかやってたし、ラッコは何回も「ばんざーい」とでも言うように手を動かして泳いでいたし、ペンギンはシューと素早く泳いでいるし、おさかなさんたちはなかなかたのしいし、カメはのっそり泳いでいるし、お互いかみ合っていたし、かにがたくさんいてチョキチョキしてるから笑えたし。
表現が難しいですが、良かったです。
海遊館を出たところのショップでは、カワウソの子供のファイルやペンギンのぬいぐるみなどを衝動買いしてしまいました。
近くにいた女子に「そんな趣味やったのー」と言われて「妹の誕生日なんやて」と返しました。
実際は、確かに誕生日プレゼントと言うことも考えていましたが、かわいかったのでつい買ってしまいました。
そういうことです。
海遊館を出たところで大道芸のおじさんが2回目のショーを始めようとしていましたが、集合時間が迫っていたので見られませんでした。
残念。
集合したらバスに乗って岐阜へ帰りました。
バスの中では前から2番目の席で(その前は先生たち)、となりは特別学級の方でした。
バスの中では移動してはいけない感じで(法律もいろいろ変わりましたし。30日なのでセーフですが。)じっとしていたら補助席に進出してきた人に退路を断たれました。
まわりの人は速攻で寝てしまいました。
僕のすることは寝ることか食べることの二択になっちゃいました。
うとうとしてくると、通路を挟んだとなりの子が「このトンネルは・・・」とか「この休憩所は・・・」とか「ここ動物注意の看板は・・・」など、いろいろ話しかけてくれたので眠気がだいぶ吹き飛びました。
まぁ、まぁ楽しいバスの旅でした。
バスの中で担任と校長と旅行会社の人の話に聞き耳を立てていると、「来年からは平和学習なら平和学習に絞って他のところは控えよう、ただ大阪市内の見学は最終日にあっても良いかもしれん」ということでした。
来年から、大和ミュージアムはなくなる可能性大です。
バスも岐阜に着き、公園で解散式をして、解散しました。
これで修学旅行は終わっちゃいました。
ということで、修学旅行での出来事でした。
班行動はまぁまぁ、というかダメでしたが、途中から声もあまりでなくなってテンション下がりましたが、他のクラスのところにつっこんで遊ぶのはやっぱり良いです。
そういう点で、今回の修学旅行は楽しかったと言えます。
班行動がなければ(ry
修学旅行、楽しかったです。
うん、まぁ楽しかったです。
ただ班行動はもうこりごり。
修学旅行の日程は、
1日目 新幹線で名古屋から広島へ→平和記念資料館見学→昼食→被爆者の話→平和公園周辺班別研修→平和集会(原爆の子の像前で平和を誓い、歌う)旅館到着
2日目 広島城見学→広島駅から呉へ→昼食→大和ミュージアム見学→呉駅から広島へ→新幹線で大阪(新大阪)へ→バスでホテルへ→ホテル到着
3日目 大阪市内班別研修(4時間くらい)→海遊館に集合→バスで岐阜へ
というようなものでした。
1日目
楽しかったです。
とくに行きの新幹線が。
だいぶ閉じこめられていた席だったんですが、脱出して冒険に出ていたらみんなも席を移動しだしたので、好きなところに移動して遊べました。
基本的に大富豪しながらお菓子食べてしゃべる、というかんじでした。
平和資料館は予想以上にやばくありませんでした。
「ふーん」とみられる感じ。
写真や模型も「キャー」となるほどのものではありませんでした。
文字を読まずに写真だけを見ていくくらいの速さで進んでいたのに、班の方々が「はやくはやく」といって急かし、最終的には外に出たところで待っていらっしゃるので、あまりじっくり見られませんでした。
しっかり見たかったのに、残念です。。
被爆者の講話では、体験した方の話だけにリアリティがあって、資料館の情報に気持ちが入ったように感じました。
資料館だけでは情報が淡々とあるだけであまり「ズシッ」と来ませんが、話も聞くと「ズシッ」と来ます。
話していただいた方は「原爆が落ちても力強く生きていく」タイプの方のようで、「自分たちの成し遂げられなかった平和をどうにかつくってれ」という強い思いが伝わってきました。
平和公園周辺班別研修では、袋町・本川の2つの小学校と、平和公園の中をだいたいまわりましたが、3時間の予定が1時間半も余ってしまいました。
じっくり見ても、なかなか3時間つぶせそうにありません。。。
班別行動だったわけですが、どの班もまわるところはだいたい一緒なのでワイワイ楽しくいけました。
ただ、途中で雨が降ってきたのには困りました。
平和集会では千羽鶴を捧げて、歌を歌って、「平和宣言」というのを読み上げて、ということをしました。
傘をさしていたため、顔を隠して歌を歌ってない人がたくさんいました。
「平和宣言」はある本からの抜粋で、反戦ということに重点を置いた300文字くらいのものです。
これの気に入らないところは、「平和」についてはほとんどふれていないこと、敬体と常体が変なふうに混ざっていること、文のつながりがちょっとおかしいところですが、学級委員が頑張ってつくってくれ物ですし、大事なのは気持ちなので気にしないことにします。(といいながらも書く)
旅館では9人部屋で楽しく過ごせました。
ただ、1人わがままな方がいらっしゃり、エアコン2つを強でつけるんです。
消しても消しても。
1時間くらい大富豪したときは良かったんですが、その後の「学級反省会」とやらで1時間くらい黙ってたら声が出なくなりました。
これに2日目、3日目と悩まされることになります。。。。
エアコンは夜もつけっぱなしになっていて、夜中に2回消しましたが朝もついてました。
自分は服着て、ふとんかぶって、おなかぽよよんで、エアコンの前に陣取るという行為、許せません。
旅館に置いてあった「紅葉まんじゅうもどき」の僕の分がないと騒いでいたら、そやつは、なんと、自分の鞄の中に、3つも、それを、隠していたんです。
そういうことをするやつって、ほんと信じられない。
万引きとかもそういう気持ちでやっちゃうのかな、とか思ったり・・・。
夜中の話題は怪談・都市伝説についてでした。
あっちの話題はほとんどしてませんね。
ある人の声まねを急にした人がいて爆笑してたらちょうど先生が来て、懐中電灯で照らしてきたので、みんな寝たふりをしました。
しかし笑ってしまい、「はよ寝んか」と軽く叩かれました。
先生が行ってから、また声まねで笑ってたらもう一度来て、また懐中電灯。
2,3回繰り返したあと、もう来ないと思って足下のふとんを直していたらまた来て、長座体前屈の姿勢で固まっていたらまた叩かれました。
その後も何回も先生は来ましたが、途中からは寝たふりでなくほんとに寝たようです。
2日目
朝起きると、声はまだ直っていませんでした。。。。
この日はほんとに声が出なくて、あまりしゃべれませんでした。
広島城の見学にはガイドさんがついていました。
戦争中は通信室だったとかいう地下室の中でそのかた、7時何分、7時何分と繰り返していらっしゃいましたが、8時の間違いだと思います。
担任の先生に、「広島城建てたのは誰だと思う?」と聞かれて「毛利輝元」と答えたら「福島正則なんだな〜」とかえってきましたが、ガイドさんの話や石版(?)によるとやっぱり輝元さんのようです。
見学中(前日もでしたが)、同じ班になっている特別学級の子の鞄を持ってあげてたら、褒められました。
ただ単に、「疲れた」といって動いてくれなくなると困るので、持ってただけなんですが。
大和ミュージアムについてすぐに食べた昼食のとき、特別学級の子が僕の食べてた弁当に使った爪楊枝をはき出してきたので、顔に横からツッパリみたいなかんじのことをしたら椅子から落ちてしまいました。
体重の軽さと、安定感の無さが想定外でした。
特別学級だからといって優しくしたりせずよけいに厳しいくらいの僕ですが、さすがにやり過ぎたと感じました。。。
大和ミュージアムは良かったです。
大和大きすぎです。
解説によると、戦艦大和は僕たちの中学の敷地よりちょっと小さいくらいの大きさだとか。
もう、学校が船になったくらいの大きさですよ。
大艦巨砲主義の象徴ですね、ほんと。
いろいろ展示してある物も良く、遊べるコーナーもあり、すごく良いです。
展示をじっくり見てたのは3,4人しかいませんでしたが。
中学生にもなると、大和の格好良さに感動しなくなるのかなぁ、と真剣に思ったりしました。
大和ミュージアムを出たところのショップで、アクリルの中に大和があるやつを買いました。
6年生の修学旅行でもそういうのは買ったので、今回も買えばたくさんそろいそうで買っちゃいました。
外に出ると集合時間5分前を過ぎていて、みんなもう並んでいました。
担任に「1組で1番遅かったのは生徒会長やわ〜」と言われました。
その一言になんかムカッと来ました。。。
時計さえ持ってれば、時計さえいろんなところにあれば、そんなことにならなかったのに。
班に時計は一つだけってのが厳しいですね。
広島から大和ミュージアムに行き、広島に戻るまでで5時間かかってます。。。
移動時間が無駄と言えば無駄です。
すごく無駄です。
大和に魅力を感じない人には、「修学旅行でそんなとこに行く必要あるのか?」というかんじかもしれませんが、僕は大和ミュージアムに行けて良かったです、はい。
広島駅から新大阪駅までの新幹線は「なんとかライナー」という良いやつでしたが、1人分の座席が広い分みんな移動しなかったので、ひじょーに退屈でした。
一応、近くの子とUNOとか大富豪とかはやったんですが、例のエアコンのやつが仕組んだりずるしたり・・・と、やっていていやになったのですぐにやめました。
新大阪からホテルまでのバスでは、僕の声があまりでないこともあり、込み込みで移動できないこともあり、みんな疲れていることもあり、とくに何もしませんでした。
やったことと言えば、ドラゴンズのタオルを窓際に飾ることの手伝い。
大阪の中心で「中日ドラゴンズの旗を掲げる」ですよ。
なんか怖かったので、すぐに撤去しちゃいましたけど。
ホテルはなかなか、でした。
スリッパで廊下を歩いてはいけないと初めて知りました。
ユニットバスに湯を溜めていざ入ろうとしたら、透明な変なものがたくさん浮いてて気持ち悪くなりました・・・・。
すぐに湯を抜いて流しましたが、アレはなんだったんでしょう。。。。
風呂から出て、すぐにそのことをとなりの部屋にいる友人に報告しようと下はジャージ、上はカッターを羽織るという中途半端な姿で部屋を出たら、廊下に先生がたくさんいて、部屋に戻ろうとしてもオートロックでしまっちゃって、鍵は持ってるけど開け方が分からなくて、困ってたら先生たちが後ろから「お、なんか出てきた」「なんて中途半端な格好で・・・」「あれ、部屋に入れないの」と、後ろから煽るので、仕方が無く開いていた部屋に逃げ込みました。。。。
が、先生たちに連れ戻され、部屋に戻されました。
無駄に恥ずかしい体験です。。。。。
気持ち悪い体験でもあります。。。。
この日は、10時頃には寝てしまった気がします。
3日目
この日もまだ声がダメでした。
一応しゃべれるくらいには回復していましたが、ちょっと高い音になると出ませんでした。。。
ホテルでの朝食は「ビュッフェスタイル」とか言うバイキングでした。
が、食べる時間がとても短くて、あまり食べられませんでした。
予定されていた時間だけでも短かったのに、「昨日の夜にホテルの内線電話を、使ってはいけないと言われたのに使ったひとがいます。どう思いますか」という学年集会のようなものをやり、さらに短くしてしまいました。
言葉尻をとらえると、前日に言われたのは「内線電話で話すのはどうなのでしょう。考えてみてください」ということで、言いたいことは「使ってはいけない」なのですが直接そういうことは言ってないんですね。
注意されたと言えばされたけれども、はっきりダメといわれた訳じゃない、と。
朝食を食べたらすぐに班別で大阪市内研修に出かけました。
ホテルから電車で道頓堀に行くまでは良かったんです。
道頓堀で「グリコ」の前で15分以上うろうろしてて、店が開いていないので(計画の段階分かっていましたが、女子が「それでも開いとるとこをまわるんやて」と言うので・・・)仕方が無くTSUTAYAに入って、マンガを見て・・・・。
30分くらいして外に出たら知らないお兄さんに、
「ちょっと、ちょっと、君たち。さっきさ、君たちの学校の子に指を鉄砲みたいにして「バーン」ってやられたんやて。俺もちょっとカチッときたから今言ってるんやけどさ、ほんとそういうのやめた方が良いよ。柄の悪いひとやとやったら殴られるよ。君たちの班とは違うけど、同じ学校やでな。伝えといて。」
といわれました。
とりあえずその場で謝っておきましたが、誰だそんなことをしたやつは。。。。
近くにたむろっていた同じ学校の方々によると、あんがいいろんな人がいろんな人にやっている様子。
修学旅行だからって、はしゃぎすぎです。。。
そのあと、たこ焼きを食べる計画になってたんですが、他の班は6個入りを買って一個ずつ食べたりしてるのに、僕たちの班は6個入りを買って3人で食べてました。(5人班です)
僕はそのときちょっと他の班としゃべっていて、当然分けてもらえると思っていたら、それです。
残された僕ともう1人はなんか急にやる気が抜けました。
2人でたこ焼きを買う気にもなれませんでした。
さらにその後、神座というラーメン屋に開店一番で入ってラーメンを食べました。
そこでラーメンを食べるには入り口の券売機で食券を買うのですが、買うときに班の女子に「食べるの?」と言われました。
ほかに食べる予定は無いわけだし当然みんな食べると思ってたんですが、「食べるの?」の一言。
ここでも急に食欲が失せて、さっきの残されたもう1人と半分こしました。
ラーメンの味は最高でしたよ!!
ラーメン屋を出た後、することがないので目についた「ドン・キホーテ」に入りました。
入ったのが失敗、6階まである店内に一緒に入った他の班の人と散らばってしまい、商品に興味を持たなかった組は1回で待機してました。
散らばった人たちが1階に戻ってきても他の人たちはそろってないので「まだいいや」とまたどっかに行ってしまい、それを3回くらい繰り返して1時間くらいをつぶしました。
待機組の仕事はアレです、新しくドンキに来た人たちに「出られなくなるからやめとけ」と言うことでした。。。
ドンキ地獄をやっと抜け出してそこら辺をうろついていると、高校か大学生くらいの男女数人に声をかけられました。
「ホストにならへん?」と言われた人もいました。
僕は「○○くん頑張ってな」と言われました。
名札をつけていたことがいけなかったようです。
その人たちは他の班の子に、「おっ、○○くん(僕)に似た子やん」とも言ったようなので、名前を覚えてもらったようです。
別に嬉しくないですが。
とりあえず、町中を歩くときは名札は外した方が良いようです。
予定ではこの後パフェを食べることになってました。
しかし班の1人が「パフェめんどいわ。マックで言いやん。さっきあったし。」というのでマックになりました。
僕は反対したんですが、賛成4人におされてマックに行くことに。
マックではみんな「マックフルーリー」を頼んでました。
僕は意地で何も頼まずに、近くの店でたこ焼きせんべいを買ってました。
大阪まで来て、TSUTAYA、ドンキ、マックと、どこに出もありそうなところを巡っている僕たちはどうすれば・・・・。
電車に乗って海遊館へGo。
電車を下りたところで学年主任のむー先生に会いました。
後ろ姿ですぐ分かる先生です。
海遊館に入る直前に、入り口の近くで大道芸をやり始めた外国人の人がいました。
僕はみたいと主張したんですが、班の方々は「あのおっさんおもしろいわー」と言いながらも海遊館の中へ。
入ってからも「あの人が頭から離れん」と言っていました。
見ればいいのに。見たかったのに。
班行動って、ほんといやです。。。
僕の立場が弱すぎるわけではありませんよ。
声が出なかったため、あんまり強く主張する気になれなかったのと班の人と気が合わないのが原因なんです。。。
海遊館は良かったです。
カワウソ水中でなんかやってたし、ラッコは何回も「ばんざーい」とでも言うように手を動かして泳いでいたし、ペンギンはシューと素早く泳いでいるし、おさかなさんたちはなかなかたのしいし、カメはのっそり泳いでいるし、お互いかみ合っていたし、かにがたくさんいてチョキチョキしてるから笑えたし。
表現が難しいですが、良かったです。
海遊館を出たところのショップでは、カワウソの子供のファイルやペンギンのぬいぐるみなどを衝動買いしてしまいました。
近くにいた女子に「そんな趣味やったのー」と言われて「妹の誕生日なんやて」と返しました。
実際は、確かに誕生日プレゼントと言うことも考えていましたが、かわいかったのでつい買ってしまいました。
そういうことです。
海遊館を出たところで大道芸のおじさんが2回目のショーを始めようとしていましたが、集合時間が迫っていたので見られませんでした。
残念。
集合したらバスに乗って岐阜へ帰りました。
バスの中では前から2番目の席で(その前は先生たち)、となりは特別学級の方でした。
バスの中では移動してはいけない感じで(法律もいろいろ変わりましたし。30日なのでセーフですが。)じっとしていたら補助席に進出してきた人に退路を断たれました。
まわりの人は速攻で寝てしまいました。
僕のすることは寝ることか食べることの二択になっちゃいました。
うとうとしてくると、通路を挟んだとなりの子が「このトンネルは・・・」とか「この休憩所は・・・」とか「ここ動物注意の看板は・・・」など、いろいろ話しかけてくれたので眠気がだいぶ吹き飛びました。
まぁ、まぁ楽しいバスの旅でした。
バスの中で担任と校長と旅行会社の人の話に聞き耳を立てていると、「来年からは平和学習なら平和学習に絞って他のところは控えよう、ただ大阪市内の見学は最終日にあっても良いかもしれん」ということでした。
来年から、大和ミュージアムはなくなる可能性大です。
バスも岐阜に着き、公園で解散式をして、解散しました。
これで修学旅行は終わっちゃいました。
ということで、修学旅行での出来事でした。
班行動はまぁまぁ、というかダメでしたが、途中から声もあまりでなくなってテンション下がりましたが、他のクラスのところにつっこんで遊ぶのはやっぱり良いです。
そういう点で、今回の修学旅行は楽しかったと言えます。
班行動がなければ(ry
修学旅行、楽しかったです。
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